謎解き 人、きらめく、走り。

ある夜
女人が初めて目にした景色は
濃紺の夜空に輝く星と真っ赤な月だった

……此処は…何処なの？

辺りを見渡しながら、
目に映る全てのものに既視感を覚えながらも
それでも記憶に登らぬその場所を
女人はひとり歩いた

……私は………誰？

何も分からぬその女人にとって、
唯一記憶にあったもの
それだけを頼りに………

……………

迂達赤隊員にとって、
休みというものはとても貴重だ
各組毎に、
それぞれ持ち回りで警備を行い、
それ以外は各々鍛錬だったり、
時には戦に駆り出される事もある
いつ何が起こるか分からないからこそ
一時も気を抜けないのが常だ

まぁ、中には気を抜いているものもいるが…

｢おはよう｣
｢あゝ、トルベか……お疲れ｣
｢どうした、チュソク？
 昨日は確か非番だったろ
 トクマンと呑みに行くとか…
 あ、若しや妓楼から出自か？｣
｢馬鹿！んなわけあるか！
 ……そんな時間は無かったよ｣
｢じゃあ、何でそんなに疲れてんだよ？
 ………あれ？トクマンは？｣
｢あゝ…奴は今、巡軍万戸府に行ってる｣
｢はぁ？何をやらかしたんだ？｣
｢何もやっちゃいねぇよ
 ちょっと事件に巻き込まれてな｣
｢事件？｣
｢あゝ、実は王宮近くでな…あれ？｣
｢何だ？お？！チョモだ｣

見ると、ちょうどチョモの部屋から
見知らぬ女人とチョモが出て来るところだった
互いに笑顔で話しをしている

｢ふふっ、そうなんですよ
 貴方と話しをする様になってからほら、この通り！
 肌艶も良くなって、気持ち的にも優しくなったって
 旦那様も喜んでくれて…｣
｢そうですか　それは良かった｣
｢ありがとう、チョモさん｣
｢いえ、ではまた｣

嬉しそうに会釈して去って行く女人を
チョモは穏やかな笑みで見送る
トルベとチュソクはそっとチョモに近付いた

｢今の女人(ひと)、中々綺麗だったな｣
｢トルベ、チュソク｣
｢何処の女人だ？｣
｢内緒だ｣
｢ちっ！｣
｢ちっ、ってお前…夫持ちだぞ｣
｢なぁんだ、ならしょうがない｣
｢しょうがないって、
 夫持ちじゃなきゃ声掛けたのかよ｣
｢当たり前だろ｣
｢はぁ…｣

トルベの節操の無さに
チュソクがため息をついていると
チョモも妙なため息をついている

｢どうした？｣
｢否、何だ…そのなぁ｣
｢何だよ、歯切れ悪いな｣
｢否、然しな、此れを言っていいものか…
 秘密は守らねばならぬしな｣
｢でも、そうやって言い淀むと云うことは
 チョモだって何か気になる事があって
 俺等にも話した方がいいと思ってるんだろ？｣
｢うーん…｣
｢俺等じゃ役不足かもしれんが、話してみろよ｣
｢そうだぞ
 それともプジャンを呼ぶか？｣
｢………呼んでくれ｣
｢おぉ～い！！｣

そして、暫く経ち、
副隊長チュンソクがチョモの部屋にやって来た
そばには居なくてもいい筈の
トルベとチュソクが不貞腐れた顔で居座っている

｢どうした？チョモ｣

相変わらずの冷静沈着な相貌を見せるチュンソクに
チョモは暫く思案していたが、意を決した様に答えた

｢プジャン、実は先日、
 ある女人が訪ねてきたのです｣

続く…

告解部屋@チョモ
一寸だけ謎解き風味を漂わせました（笑）
それとちょっとだけコワイ話かも…

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子どもの時分からずっと心にひっかかっていた出来事があれば、大人になっていつかそのひっかかりを解消してスッキリしたいものです。

すでに何十年という長い年月が流れていたとしても。
いま自分はロンドンに住んでいて両親を失ったのが上海だっとしても。
その中国が全体主義が広がりつつある潮流の中できな臭い場所になっていても。

　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

上海の外国人居留地で暮らしていたクリストファー・バンクスは、10歳の時に、貿易会社勤める父と反アヘン運動に熱心だった母を相次いで失いました。
ひとりクリストファーはイギリスに帰り、叔母に育てられます。
やがて、ベーカー街221Bの住人に憧れていた彼は、難事件を解く腕利きとして名を知られた探偵になります。

1937年、彼は両親の失踪の真相を知ろうと、日本との戦争が始まった中国の上海に渡ります。
中国人たちが住む町は、同じ上海でも昔の外国人居留地とはまったく別世界。
外国人であるクリストファーの上海での調査は難航を極めます。

　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

主流となっているクリストファーの両親失踪の謎解きのストーリーだけに注目して読むと、とくにこの小説の前半を長く感じるでしょう。
 

子どものころ、上海の外国人居留地で毎日隣人の日本人アキラと遊んだクリストファーも、上海からロンドンに帰った以降は、孤高を好んでいました。

謎解きもさることながら、クリストファーの孤高をあり方の微妙な変化を追うことが、読み進む愉しみになりました。

　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

もう一つ、読み進むエネルギー源となったのが、戦争の不思議な描き方でした。

戦場となった町の市民の姿の描写は、兵士同士が相対する戦場とはまた別の身近な感覚を催しました。
 

クリストファーが学生時代に初めてパーティーに行ったとき、半分無視していた銀髪の老人の言葉です。
第一次世界大戦が終わって5年後の言葉です。
100年近く経ったいま聴いてもドキリとします。
いつ何時、誰がどんなに大切な言葉を口にするか、油断がなりませんね。

きっと、実際の暮しの中でも聞き漏らしてしまった大切な言葉がたくさんありそうです。

[end]

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